『伊勢物語』東下り(9段)

『伊勢物語』とは?基本知識

和歌を中心として構成される歌物語の代表的な作品。成立は平安時代の前期。数人の作者が書きついだものだと考えられている。題名の『伊勢物語』は物語の中に主人公と伊勢斎宮の恋の話があることからつけられたという説。成人(初冠)をした主人公が、125段で死をむかえるまでが描かれている。

主人公「在原業平」ってどんな人?

色好みの人物として有名。恋愛上手で風流な男性。姿が美しく和歌も上手。

東下り(九段)の本文

 昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国八橋といふ所に至りぬ。そこを八橋といひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。

  唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ

とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。

 行き行きて、駿河の国に至りぬ。宇津の山に至りて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、蔦・楓は茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者会ひたり。「かかる道は、いかでかいまする。」と言ふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。

  駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり

 富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。

  時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ

その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。

 なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、

  名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。

東下り(九段)現代語訳

 昔、男がいた。その男は、わが身を何の役にも立たないものだと思い込んで、京にはいるまい、東国のほうに住むのによい国を探しに(行こう)と考えて行った。以前から友としている人、一人二人とともに行った。道を知っている人もなくて、迷いながら行った。三河の国八橋という所に着いた。そこを八橋といったのは、水の流れる川がクモの足のように分かれたさまなので、橋を八つ渡してあるのにちなんで、八橋といった(のである)。その沢のほとりの木の陰に(馬から)下りて座って、乾飯を食べた。その沢にかきつばたがたいそう美しく咲いている。その花を見て、ある人が言うには、「かきつばたという五文字を和歌の各句の頭に置いて、旅の思いをよめ。」と言ったので、(男が)よんだ(歌)。

唐衣……馴れ親しんだ妻が都にいるので、遥々やって来た旅をしみじみと思うことだよ。

とよんだので、一行の人はみな、乾飯の上に涙を落として、(乾飯はその涙で水分を含んで)ふやけてしまった。

 どんどん進んで行って、駿河の国に着いた。宇津の山に着いて、自分が分け入ろうとする道は、とても暗く細い上に、蔦や楓が茂り、何となく心細く、思いがけないつらいめにあうことよと思っていると、修行者と偶然に出会った。「このような(さびしい)道を、どうしていらっしゃるのか。」と言う人を見ると、(京で)見知った人であったよ。京に、誰それという(私の恋しく思う)人のお手もとにということで、手紙を書いて(この修行者に)ことづける。

駿河なる……駿河の国にある宇津の山辺の「うつ」という名のように、現実にも夢の中でもあなたに哮わないことだよ。

 富士の山を見ると、五月の末(だというの)に、雪が真っ白に降り積もっている。

時知らぬ……季節をわきまえない山は、この富士の山だ。(今を)いつだと思って、鹿の子まだらに雪が降り積もっているのだろうか。

その富士山は、この京の地にたとえるなら、比叡山を二十ほど重ね上げたような大きさで、形は塩尻のようであった。

 さらにどんどん進んで行って、武蔵の国と下総の国との間に、たいそう大きな川がある(所へ出た)。それを隅田川という。その川のほとりに(一行の者が)集まって座って、(旅に出てからのさまざまなことや都のことに)思いをはせると、途方もなく遠くまでもやって来たものだなあと心細さを嘆き合っていると、渡し守が、「早く舟に乗れ。日も暮れてしまう。」と言うので、(舟に)乗って(川を)渡ろうとするのだが、一行の人々はみな何となくつらくて、京に恋しい人がいないわけでもない。ちょうどそのとき、白い鳥で、くちばしと脚とが赤い、鴫くらいの大きさの鳥が、水の上で遊泳しては、魚を食べている。京では見かけない鳥なので、一行の人はみな見てもわからない。渡し守に聞いたところ、「これが都鳥だ。」と言うのを聞いて(男が)、

名にし負はば……都という言葉を名として持っているのなら(都のことはよく知っているだろうから)、さあ尋ねよう、都鳥よ、私の恋しい人は無事でいるかどうかと。

とよんだので、舟の中の人はみなそろって泣いてしまった。

ひつじ先生から

 『伊勢物語』の最大の魅力は、「愛」「恋」をテーマにした話が豊富にあるということ。そして、どれも一話完結型の短い話だからあっという間に読めてしまう。かつて教えていた時、『伊勢物語』の生徒ウケが良すぎて、2学期の授業をほぼ『伊勢物語』にしてしまったことがある。

 『伊勢物語』は泣く泣く諦めた恋、一目惚れの恋、諦めずに信じる恋など、、、、たくさんの「恋」をテーマにした作品がある。個人的には、「梓弓」(24段)の授業が好きである。

 今回の章段では、都においてきてしまった妻のことを想って読んだ和歌が有名。「かきつばた」の和歌に関して、俵万智は以下のように解説している。

たわいない言葉遊びのようだが、これはれっきとした短歌の修辞技巧の一つで 「折句」 と呼ばれている。(中略)

見事に折句の注文をクリアしているだけでなく、その他の技巧もあれこれ凝らされていて、まるで修辞テクニックのカタログみたいな歌である。

唐衣とは、唐風の衣服で、それを着るように馴れ親しんできた妻が都にいるので、はるばると来た旅の遠さが思われることだ――と、歌の意味もまことにこの場にふさわしい。 どのあたりが 「カタログ」かというと、まず、「唐衣」は「着る」の枕詞、そして「唐衣着つつ」までが「馴 れ 」 を 導 く 序詞 、「唐 衣 、着 、馴 れ 、棲 、張 る」は着物の縁語。「つま」には「妻」と「棲 (着物の襟先から下のふちとが掛けられ、「はるばる」には「遥々」と「張る張る」が掛けられている。

俵万智『恋する伊勢物語』(ちくま文庫・1995)より

 

 授業でこの歌を解説するとほぼ一時間かかってしまうが、修辞法をまとめて一気に説明できてしまうので、ありがたい。こんな技巧的な和歌が送られてきたらどう思うだろうか?

少し飾り気がありすぎて嫌だなって思う人もいるだろう。逆に、素敵だなって思う人もいるだろう。

教室で問いかけると大体半々くらいか。古典をきっかけに「恋」について話し合うことができる。


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