『枕草子』すさまじきもの(22段) 

すさまじきもの 概要

興ざめなものを列挙したいわゆる「ものづくし」の章段。類聚的章段に属する。

すさまじきもの 読解解説

 すさまじきもの、昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼ひ。乳児亡くなりたる産屋。

 興ざめなもの、昼にほえる犬。春の網代。三、四月のの衣。牛が死んでしまった牛飼い。乳飲み子の亡くなった産屋。 
確認

すさまじ…興ざめなだ。おもしろくない。総じて時節はずれやタイミングの合っていないとき、また、あてがはずれなど、期待に反する時に起こる感情。

(ひつじ先生)
この部分は時節があっていない例を示していますね。よく教室では、こんな例他にないかな?と問いかけます。すると生徒は、冬になってもまだ出ている扇風機とか、昼間から酔っ払っている人とか、、、、。けっこう盛り上がります。

また、当時はだいたい夜に犬は鳴くものとされていたんです。我が家の飼っているいる犬はいつでも吠えますがね。。。。ちなみに、網代というのは、冬に魚を捕らえる仕掛けなんです。三、四月〜の部分は、本来あるべきものがそこにない状態です。これも例を考えさせると、生徒のいない学校、、お客さんのいない遊園地とか、、、ちょっと怖いですね。

児のいない産屋というのは、当時はいかに出産が命がけであったのか、がわかる例です。今に比べて医療も進んでいませんからね。想像しただけで苦しくなります。

次も見てみましょう。

 

 除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる田舎だちたる所に住む者どもなど、みな集まり来て、出で入る車の轅もひまなく見え、もの詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、もの食ひ、酒飲み、ののしり合へるに、果つる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど、耳立てて聞けば、前駆追ふ声々などして、上達部など、みな出で給ひぬ。もの聞きに、宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを、見る者どもは、え問ひにだにも問はず。ほかより来たる者などぞ、「殿は、何にかならせ給ひたる。」など問ふに、いらへには、「何の前司にこそは。」などぞ、必ずいらふる。まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人、二人、すべり出でていぬ。古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、揺るぎありきたるも、いとほしう、すさまじげなり。  

 地方官任命の除目のときに官職を得られない人の家。今年は(任官が)必ず(かなう)と聞いて、以前に仕えていた者たちで、よそに行っていたのや、片田舎に住む連中などが、みな集まって来て、出入りする(訪問客の)のも隙間なく見え、(任官祈願に)寺社に参拝する(当人の)お供に、我も我もと参上してお仕えし、ものを食い、酒を飲み、大騒ぎし合っていたが、(除目の)終わる明け方まで(任官を知らせる使いが)門をたたく音もせず、おかしいななどと、耳をすまして聞くと、先払いの声などが次々にして、(除目に参列した)公卿などが、みな(宮中を)退出しておしまいになった。情報を聞きに、(前日の)夕方から寒がってふるえ(ながら待っ)ていた下男が、とても大儀そうに歩いて来るのを、見る連中は、とても(結果を)尋ねることさえもできない。よそから訪問した者などが、「ご主人は、何に任官なさったか。」などと尋ねると、答えには、「どこそこののに(おなりです)。」などと、必ず答える。(主人の任官を)本気で頼りにしていた者は、ひどく嘆かわしいと思っている。翌朝になって、びっしり集まっていた者たちも、一人、二人と、(邸を)すべり出て行ってしまう。古参の連中で、そんなふうによそへ行くこともできそうにない者たちは、来年国司が任官されるはずの国々を、指折り数えなどして、(虚勢を張って)体を揺さぶって歩き回っているさまも、気の毒で、興ざめな感じだ。
確認

ほかほかなりつる…よそに行っていた者

田舎だちたる所に住む者…主人の失職中、近くの自分の家へ帰って住んでいた者

ひまなし…びっしりと隙間なく

ののしる…大声で騒ぐ

え問いにだにも問はず…結果を尋ねることさえできない。「え〜ず」…〜できない。「だに」…〜さえ

いらへ…返事

頼みける者…あてにしていた者

つとめて…翌朝

古き者ども…主人に長く仕えている者たち

いとほし…気の毒だ。

 

 

(ひつじ先生)
ものすごく具体的なイメージが広がる場面です。期待していたようにはいかなかった例ですね。除目とは今でいう人事です。夜行われました。きっと選ばれるだろうとみんなが集まってきました。ここで選ばれるかどうかでかなり生活がかかっていたと思われます。何か良いことがありそうな時には人が集まってきますが、ダメだって判断されると一瞬で人が遠のいていくんです。何か今とあんまり変わらないような気がしますね。それでも、昔から仕えていた者はなかなか帰れない。来年のことを指折り数えることしか、、、、。かわいそうです。

ひつじ先生から桃尻語訳って面白いよ。

『枕草子』を楽しむ上で欠かせない名著は、橋本治先生の『桃尻語訳』です。ここでは、除目の部分だけ一部引用します。スラスラ読めるので、もっと読みたい人は是非読んでみてくださいね。

除目で官にありつけなかった人の家―「今年は絶対=」って聞いて、前に仕えてた人間達でよその家に行ってたのとか田舎じみたとこに住んでるやつらなんかがみんな集まって来て、出入りする牛車の韓でビッシリになって、参詣に出かけるお供には「私も! 私も!」ってついてっちゃって、物は喰うわ酒は飲むわで大騒ぎしてるのに、ギリギリの夜明けになっても門を叩く音もしないの―「へんだなァ……」なんか、耳をすまして聞いてると、先触れの声なんかが結構して、上達部なんかはみんな退出なさっちゃうのね。

 情報取りで夜の内から寒くて震えてた下ッ端男がすっごくカッタルそうに歩いて来るんだけど、見てる人間達は訊いてみようって気にもなれないの。

 よそから来てるやつなんかがね、「殿様はどのポストにおつかれになったんですか?」なんか訊くのに、答は「どこそこの前の国司なんですけどね!」――なんてね、決まって答えんの(!)。

 本気で期待してたやつは「すっごい残念だなァ」って思うんだけどね。

 翌朝になってね、ぎっしりいた人間達が一人二人、そっと抜け出して消えちゃうの。

 古くからの人間でそう簡単にいなくなれなかったりするのがさ、来年の国司のポストを指を折って一々数えたりしてのたのた歩いてんのもねェ、可哀想でさ、うんざりの内よねェ。

https://www.amazon.co.jp/桃尻語訳-枕草子%E3%80%88上〉-河出文庫-橋本-治/dp/4309405312

読んでいただき、ありがとうございました。

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